【筋違い度:大かもしれん・・・】
この記事を読んで「実力φ(空集合)か?」となった。
国語教師の実力のことではない。学校経営者と新聞報道のことである。
例えば、授業力向上について。
申立書によると、学校側は4月から、国語担当の今村教諭を通常の授業から外し、特別研修と称する模擬授業を実施。今村教諭は副教頭らが在室する中で50分間、「授業を始めます」「教科書を読んでください」などと発声し授業のまね事をした。
(47NEWS)
教員の授業力を上げたいのなら、「授業実践+授業見学」が基本である。生徒を相手に授業をするから経験値が上がり、授業を見学することで自分の弱点や強みが分かるのだ。学校教育の最前線から退いた管理職を相手に授業をして、授業力が上がる理由は何もない。昌平高校の特別研修には効果が無いのは自明だろう(注)。保護者から集めた学費を管理職と教員が浪費しただけである。
例えば、教員の実力計測について。
申立書によると、学校が教師に受けさせた「授業力確認テスト(センター試験レベルで200点満点)」が112点だったことや、生徒を対象にしたアンケートで平均点より約1点低かったことなどを理由に昨年8月、校長から研修を受けるよう指示された。
(毎日jp)
これに関しては報道が実力不足。「センター試験レベルで112点/200点」という報道では何も分らない。試験問題の内容は分からないし、記述式か客観式かも不明だ。試験時間とか、他受験教員の状況も分からない。「報道部の記事は内容が薄いのは当たり前」との指摘は正しいが、それにしても何も分らない。
例えば、学校経営者の経営方針について
同校の城川雅士教頭は「申立書が届いていないので詳細を把握していない」としたうえで、「06年ごろから、もっと教師は生徒のために努力しなければなら
ないと話し合ってきた。一番大切なのは生徒。サービス向上のために教える技術を高めることが大切だが、負担に感じて退職した先生は確かにいた。研修は退職
強要ではない」と話した。
(毎日jp)
この学校経営者はステークホルダー(利害関係者)という言葉を知らないのだろうか。学校にとって、人(生徒、保護者、教職員、経営者、卒業生、近隣住民、中学生とその保護者、塾関係者など)、物(校舎や設備、通勤通学手段など)、金(収入や支出、予算執行など)が大切な3要素である。大局的な視点は完全に欠落している。
また、学校教育をサービスと混同している点も明らかな間違いだし、教える技術に気を取られて育てることを見落としている点は致命的と言える。教育する人を教育するというメタ思考は教育には必要不可欠な要素なのだ。
ところで、教育関係の有名ブログもこの事件について記事を書いていた。
例によって冷静と情熱を兼ね備えた内容だが、気になる点が2点あった。
子どもに「教え方がよくない」「授業がわかりにくい」「何を言いたいのかがわかならい」と判断されて,「もっといい先生に習うことはできないものか」と要望されたときに,学校ができることは何か。
私立ではそのような要求が通るのに対し,公立ではなかなか難しい。
(教育失敗学から教育創造学へ)
そのような要望は、私立であっても簡単には通らない。私立は公立と違い、基本的には退職まで同じ学校で働く。つまり、先生の交換は基本的にないのだ。また、公立は教育の機会均等が基本だが、私立は建学の精神が基本である。生徒の要望が簡単に通ることはない。
このような仕組みがあるから,「私立学校は教師にハズレがない」という意識が,保護者の中にはあるかもしれません。
公立離れが進むとしたら,その原因は私立学校の場合と逆になる,ということです。
(教育失敗学から教育創造学へ)
「私立学校は教師にハズレがない」という保護者の意識はあると思う。が、ハズレの有無については半分正しく半分間違いである。
公立のような異動が無いという意味では、ハズレはないと言えよう。勤務地が(地理的な意味で)安定しているから、中長期的な教育活動や自己投資が可能であり、過去の蓄積が生かされやすい。
私立は個性が強いという意味では、ハズレがあると言える。私立の教育は指向性が強いので、相性が良ければバラ色、悪ければ最悪である。卒業するのを嫌がる在校生が出てくる一方で、入学式当日に退学届を提出する可能性だってある。
また、私立の場合は教育方針が受け入れられないばあいもあるので、特定の高校で受験生離れが起きる可能性がある。公立のように学校を統廃合して教員は別の高校へ異動、ではないのだ。最近の例だと企業や他の学校に買収されたり、私立大学の付属校になったりと、事例も多い。受験生離れという視点で見ると、教員の異動が無いことがリスクにもなるということだ。つまり、「受験生離れが進むとしたら、その原因は公立学校の場合と逆になる、ということです。」といったところか。
自分の数少ない経験からすると、管理職が教職員を縛ったりせずに、自由度を上げて自己投資を促した方が良い。教員としての評価は教員本人がよく知っている。授業や宿題、答案用紙などにおける生徒の反応がその教員の授業評価なのだから。
(注)塾においては一人授業による研修は当然であろうが、塾の手法が学校で通用するとは限らない。業界が違えば常識が異なる(例:金融業界の常識と小売業界の常識は異なる)のと同じである。「塾では一人研修が当たり前だから学校でやっても当然」という指摘はカテゴリーミステイクと言えよう。

最近のコメント