テレビドラマにおける数学の扱い
『エジソンの母』というテレビドラマの第1話「1+1=2じゃない!学校中がグルグル回る」に対して、「Hermeneutic Log J」というブログに1+1=2の重要性(エジソンの母)という記事があるのを発見した。この記事は注目モノである。
鮎川先生(伊東美咲)が好奇心旺盛な児童に1+1=2を2個のミカンで説明するが、その児童はミカンを割って1+1がもっと大きな数になると言いだし、伊藤先生を困らせる。その後、美浦准教授(谷原章介)と講義を受けている学生が1+1が2にならない例を指摘し、鮎川先生に講釈する。
この展開に対して、1+1=2の重要性(エジソンの母)は次のように指摘する。
- ミカンとミカンの房は単位が違う。物々交換で1個のミカンを割って2個のミカンと主張するのは詐欺である。
- 1+1=2という数学が確立したから1+1が2にならない学問分野が誕生した。
ミカン2個を「2」という抽象概念で表現できる事の意義は大きい。
数という抽象概念の理解の大切さを、ここまで分かりやすく指摘した文章を私は初めて読んだ。この記事は読む価値が高い。細かい事だが、学生を「生徒」と言うのは個人的には気になるのだが。( ̄ー ̄;∂ポリポリ
さて、数学はテレビドラマにときどき登場する。今回は美浦准教授とその学生達の会話の中に、1+1が2ではない説明で登場した。具体的には以下の通り。
- 1+1=10・・・二進法(コンピュータの世界)
- 1+1=0・・・2の剰余系
- 1+1=1・・・ブール代数(電気回路の論理演算)
- 1+1=11・・・文字列結合子
例によって違和感あり。計算結果の10を「いちぜろ」と言わずに「じゅう」と言ったり、11を「いちいち」と言わずに「じゅういち」と言う演出が気になった。
エジソンの母の公式ページに解説ページがある。二進法で10を「じゅう」と読んでも「いちぜろ」と読んでも良いとの解説だ。個人的には二進法の雰囲気が伝わる「いちぜろ」の方が良いと思う。1+1が2ではないことを演出するのだから、文字列結合子も「じゅういち」と言うより「いちいち」と言った方が雰囲気が伝わると思う。
冷静に考えれば、数学も随分と市民権を得たように思う。以前のテレビドラマでは、ブール代数や2の剰余系、文字列結合子なんていう専門用語はおろか、二進法という言葉すら登場していなかったでしょう。
数学が一般の人に正しく理解されたり、正しく運用されるには時間がかかると思う。それまでには、紆余曲折があるのだろう。エジソンの母における数学の取り上げ方の賛否両論は、数学が市民権を得るための成長痛のようなものだと感じた。
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